森田大輔ブログ
2021.03.26 森田大輔ブログ
10年以上たってからのありがとう。
心に残るありがとう体験談
「10年以上たってからのありがとう。」
父は経営者でした。
典型的な亭主関白で、いつもお酒を外で飲んで遅くに帰ってくるか、
リビングでお酒を飲みよく母と喧嘩する(一方的に父が怒鳴る)。
幼少期ずっとこんな感じだったので、父は怖く、めっちゃ嫌いでした。
19才のとき、父は末期がんになり、余命半年と宣告され、
15歳で家を出ていた僕に母から電話があり、お見舞いにという連絡をもらっても、
全くお見舞いに行かないぐらい嫌いな存在でした。
すぐに父は他界しました。
半年後、遺書が見つかりました。
そこには母への感謝と愛がつづられていました。
僕は「あの親父がそんなことを書くはずが無い」と言いました。
母には
「あんたは人の表面しかみていない。
お父さんは優しくて愛情深い人やった。
表現が下手なだけやったんやで。」
と言われましたが、僕は若かったので理解ができませんでした。
その後、父のお墓参りにも行かず、
10年以上たった30歳の頃、自身に明確な志ができました。
過去を振り返り、幼少期、父と母が喧嘩していたのは、
僕に平和感を養うためだったのではと感じたのです。
そして、父の葬儀の時、遺影が笑顔だったため、
父のことを思い出しても「怖い顔」が思い浮かぶはずが、
その「笑顔」の父が思い出されるのです。
笑顔ってすごい力を持っていると思ったことを思い出しました。
志は
「世の中を平和にしたい!もっと笑顔を増やしたい!
そのために100年先からありがとう!と言われる経営者を増やす!」
です。
そして手段としてWEBサイトを構築する際に、
経営者とワークショップや合宿を実施し、
企業経営を通じ、未来に笑顔を増やせるビジョンを描き、
それをWEBで発信すると決め、
10年前から多くの経営者とワークショップや合宿をしてきました。
その度に、父がいなかったら僕が誕生していないし、
父がいたから世の中を笑顔にしたいという志ができ、
経営者と共に未来を描けているのは父のおかげ!と感じるようになり、
10年前から、ようやく父のお墓参りに行くようになりました。
墓前で父が好きだった鬼殺しを飲みながら、色々と話します。
「経営者として、何を大切にしてたん?」
「俺も経営頑張ってるよ!」
「親父の孫が生まれたよ!」
とか。
そして今まで言えなかった「ありがとう」を心から言えるようになりました。
「親父の息子で良かった!!ありがとう(^^)」
シリーズ
>亡き父の夢